定時制課程のあゆみ

1944(昭和19)年 2月 大阪府立航空第二工業学校として発足。航空機体科・航空機関科・精密機械科の3科がおかれる。
1945(昭和20)年 6月 空襲による戦災のため、機械科工場のみを残して焼失。
9月 8月15日終戦。布施市上小阪小学校仮校舎に於いて授業開始、同時に機械科実習場内に教場が設けられ他。食料難・電力事情悪化のため、日曜日の昼間5〜6時間の授業実施。
12月 大阪府立布施第二工業学校と改称し、機械科・電気科・建築科むを設置。当時、生徒数激減し、3科設置されるも、事実上機械科1科であった。
1946(昭和21)年 4月 布施市中小阪、元府水道出張所跡の仮校舎に移転。授業は平常に復す。電力事情が極度に悪く停電下に、ろうそく・手製ランプで勉学した。
1948(昭和23)年 3月 廃校の噂の中、関係者各位の努力が実を結び復興第1期工事が完了する。これに伴い小坂水道出張所の仮校舎は廃止、本校へ移転完了。
4月 学制改革により、大阪府立布施工業高等学校夜間課程(機械・電気・建築の3科)を設置。
1950(昭和25)年 3月 大阪府立布施第二工業学校を閉じる。
4月 夜間課程が定時制課程と改称された。
1951(昭和26)年 1月 ララ物質の脱脂粉乳の配給開始(1食45g1人年間100食分)
教室に暖房(石炭ストーブ)開始される。
6月 教室照明がA級線に切替えられ停電の悩み解消。
9月 第1回大阪府定時制高等学校総合体育大会開催。本校も参加。
1952(昭和27)年 4月 機械科2学級となる。集団就職の生徒(他府県出身)増加。
パン・ミルクの補食給食実施。
1954(昭和29)年 10月 本校定時制課程10周年記念祭を挙行。
1957(昭和32)年 10月 PTA発足
1960(昭和35)年 3月 定時制給食調理室(85u)が竣工。
4月 完全給食開始(パン・脱脂粉乳・マーガリン全額無償)。
6月 大阪府高校定時制自治会連合会(大定連)3科問題・安保問題が起こり、生徒騒然となる。
1963(昭和38)年 4月 機械科3学級となる。
1964(昭和39)年 4月 運動場照明の改善始まる。
1966(昭和41)年 4月 学級数20学級。在籍生徒数700人をこえる。
1968(昭和43)年 2月 運動場照明改修工事竣工。
1972(昭和47)年 4月 教科書無償で給付。
7月 食堂・定時制給食調理室竣工。
1974(昭和49)年 4月 定時制課程就学奨励費貸与月額3000円始まる。
1976(昭和51)年 4月 機械科新3年生、2学級に学級減。
1977(昭和52)年 4月 機械科新3・4年生、2学級となり学級数18学級となる。
数学科、習熟度別学級編成を実施。
1979(昭和54)年 11月 定時制課程35周年記念行事を挙行。
1982(昭和57)年 4月 新教育課程実施。
1985(昭和60)年 4月 給食、セルフサービスとなる。
1989(平成元)年 4月 機械科2学級募集になり、学級数16学級となる。
10月 本校定時制課程45周年記念祭を挙行。
1990(平成 2)年 6月 大阪花博見学を学校行事として実施。
9月 台風により、玄関前の楠木が折れて倒れる。
1991(平成 3)年 12月 生徒募集検討委員会設置。
1992(平成 4)年 1月 全職員による中学校訪問を開始する。
4月 機械科1学級募集、電気科・建築科をくくりの1学級募集の2学級減となる。
9月 将来委員会設置。
1993(平成 5)年 4月 高校卒業者を対象に、高卒特別編入(学卒)制度を始める。
1994(平成 6)年 4月 1年次に共通科目を設け、2年次での転科を可能にする。
成人者を対象に成人クラスを設ける。
1995(平成 7)年 4月 本校給食が民間委託となる。
1996(平成 8)年 4月 聴講制度を導入した
1997(平成 9)年 4月 3年間で卒業できる3年制コースを設置(通信制を導入)。
5月 PTAを廃止し、後援会を発足させる。
1998(平成10)年 4月 総合募集となる。
8月 PCB対策として、校内の蛍光灯設備をすべて取り替える。
2005(平成17)年 4月 募集停止とする。
2008(平成20)年 4月 定時制課程を閉じる。